会社概要
1991年の創業時、世界中の広告写真はフィルムカメラで撮影していました。 日本の撮影業界にデジタルの風が入り始めた1996年アヴェニューAは国内でもいち早くカラーマネージメントされたデジタル環境と設備を整え、デジタル撮影を開始しました。
今日では当たり前になったデジタル撮影や画像処理ですが、そこにはフィル ムで培われたライティングをはじめとする様々な技術が活かされています。 また、1996年より着実に修得・進化させてきたデジタルに対応する広範な知識や技はアヴェニューAの強みとなっています。 ビジュアルの重要度が日々加速する中、弊社の写真に関するノウハウや技術がお客さまのビジネスに役立ちますよう、日々精進してまいります。
AVENUE A Co., Ltd.
自社スタジオでの撮影、出張撮影写真の画像処理、CMYK変換、各種合成、色変換撮影に付帯する外部スタッフやロケーションの手配
宝石、時計、料理、化粧品、薬剤、食品、家電製品、ファッションアイテム、各種パッケージ、建築、インテリア、人物
TEL: 03-6284-4453
EMAIL: studio@ave-a.com
Our Journey
沿革
撮影を支える
プロフェッショナルな環境
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革新的なアイディアを盛り込んだ
商品撮影専門の写真スタジオ。撮影から画像処理まで高品質・スピーディーに仕上げます。
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JR・東京メトロの 6 路線 6 駅の便利なアクセス。
仲御徒町駅出口からは徒歩 1分の駅近スタジオです
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マルチモニターを使用して誰もが進行状況をリアルタイムに把握。
コミュニケーションが円滑でスムーズな撮影環境です。
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Web用写真はもちろん、シビアな印刷用CMYKデータも作成。
立ち会い撮影と並行して仕上がりデータの確認ができます。
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手間のかかる切り抜き作業も高品質に仕上げます。
独自技術でパスでは切り抜けない難しいリクエストにも対応。
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テレワークやリモートワーク中でも撮影データの
確認が可能です。
広告写真のスペシャリストとして
- 商品写真の撮影スペシャリスト集団として、「価値ある商品/企業イメージ にふさわしい高品質で訴求力のある写真」を撮影・制作します。
- 広告やPR、宣材用写真として「最大限に機能する写真表現」を追及します。
- 洗練された撮影技術、自動化、自作の機器開発、高度な画像処理テクニッ クにより、ハイクオリティー&ハイスピードを実現します。
- クオリティーを落とさずに撮影効率・制作効率を上げる方法を楽しんで考 え、撮影及び画像処理を進化させていきます。
- 技術と感性、人間性を磨き、写真を通して社会貢献できるよう成長します。
写真の事なら何でもお気軽にご相談ください。
JR 御徒町駅、東京メトロ仲御徒町駅など、5路線5駅の便利なアクセス。仲御徒町駅出口から徒歩1分。
自社スタジオですので、レンタルスタジオのように時間毎の費用を気にせず撮影ができます。
出張撮影(料理、役員ポートレート、会社案内、設備撮の影等)も承っております。
フォトグラファー
吉岡英太郎 プロフィール
愛知県名古屋市に生まれ(山羊座・AB 型)、高校卒業までを愛知県知多市と岐阜県各務原市で過ごす。
東京綜合写真専門学校在学中より J.Walter.Thompson Japan写真部で故市村賛次郎氏のアシスタントとして、デビアス、日本リーバー、ペプシ、コダック、ケロッグ等様々な広告制作現場に携わる。
その後、株式会社エフエイト(現在 の株式会社ニッシャ・エフエイト)を経て渡米。帰国後青山に吉岡写真事務所を開設。
1991年スタジオアヴェニューAとして恵比寿に移転、2020年スタジオを御徒町に移転。
Avenue A
ーその名のもとにー
よくある話だ。
ロバートフランクやハリーキャラハン、メイプルソープに憧れる22歳の私はわずかばかりの貯金をおろして一人New Yorkへ旅立った。
運良くCentral Park を東に臨むUpper Westに古いアパートを借りられたものの現実は手ぐすねを引いて待っていた。
N.Y が自分を変えてくれるかもしれない、というあれほど衝動的な思いさえも妄想であったことにすぐ気づかされた。 ロクスポ英語も話せない自分は、痛いほど独りだった。 何かに憑かれたように街でシャッターを切っていたのは 今考えると、被写体と会話することで自分を埋めていたのかもしれない。
夕闇が迫ると、どこまで行っても1ドルの地下鉄を乗り継いで Lower EastのAvenue Aへ向かった。
Tompkins Square Parkと一軒のデリ、 あとは一杯1ドルでビールが飲める安い酒場が軒を連ねる通り。
'Avenue Aより東には行かない方がいい' と言われる、安全と危険の境界線。 しかし、元来私は、天使の微笑よりも悪魔の囁きに弱いらしい。 一夜にして Avenue A の魔性に取り憑かれた。 夜な夜な集まってくる駆け出しの芸術家たちは、 紫煙の中で遅くまであるいは朝まで、談笑したり芸術論を交わしたり、 ビリヤードをしたり。サックスやペットを吹き出す者もいた。 シンガーを目指す若者は、 かつてマドンナがここで唄っていたことを自分に重ねて伝説のように語り継ぐ。 日常の静なる戦いを抱えた芸術家達は、 打ちひしがれながらも誰もが楽観的なユーモアを捨てていなかった。 闇に潜む魂の蠢きが淀んだ空気の中に熱く飽和していた。
東京にもどった私は、 スタジオをそんなエネルギッシュな場所にしたくて「アヴェニューA」と名付け た。 クリエイティブを志す様々な者達が、 真面目な話、面白い話、くだらない話などなど、ワイワイガヤガヤと話してい る。 そして、困っている者がいると素直に助け合える。そんな場所。N.Yから船便で送った 5000枚近いポジは、未だ私の元に届かない。しかし、私は今もアヴェニューA を歩いている。
1998年 吉岡英太郎作品集
CD-ROMジャケットより
カメラマンになりたくて写真を撮った記憶が私にはない。 ただ、写真さえ撮れれば他に何も望まない時代があった。
そして、何かに駆られるように毎日シャッターを切り続けた。 そんな時代を振り返ると、写真が好きだとか嫌いだとか、 努力するとか修得するとか、そんなことではなく、 私にとって、撮ることが本能だったように思う。 今でもそのことは変わらない。 カメラを持つと、ファインダーを覗くと、 私には見えるものがあり、聞こえてくるものがあり、感じるものがある。
ファインダーの向こう側から被写体たちは盛んに私に語りかけてくる。 たとえそれが、小さなつぶやきや吐息であったとしても 私はあるがままをあるがままにフィルムに焼き付けたい。